まもなく、下り列車が参ります。

帰路で気持ちを切り替えていく。 -雑記ログ-

貴女に一言、伝えていたなら。雨降る日、傘を持たない「私」に会う時。【読み物】

 
傘をさしても、ずぶぬれの「私」。
 
後悔という名の、自分に会う話―
 
 
   *   *   *
 
ある雨が降る夜の帰宅路。
 
地下鉄入口へと続く列へ並んで進んでいると、傘を持たず雨に打たれ、うつむきながら列を進む女性が私の前にいました。
 
手首を僅かに動かすだけでしたので、何の考えも無しに私は彼女を傘の一部に入れました。
 
入口に着き傘を閉じて地下鉄へ歩いていこうとした時、その方は私の存在に気が付いたのかこちらに向き直りました。
 
表情を崩し何度も頭を下げていらっしゃいました。
 
お気になさらずに、といったニュアンスで私は軽くお辞儀をしてその場を去りました。
 
 
しかしその直後、遠く忘れていた苦い感情を思い出すこととなりました―
 
 
  *   *   *
 
数十年前。
私が幼稚園に通っていた時。
 
ある日祖父母が私をデパートへ連れて行ってくれた際、ランドセル販売コーナーが私達の足を止めました。
 
10色程、まるで虹の配色のようにきれいに整然と並べられたランドセルを前に、
 
どれがいい?
 
と問われた当時の私は、素直にその時一番素敵だと思った色を選びました。
 
いつも私の意見を尊重してくれた祖父母は、快くそのランドセルを私に買い与えてくれました。
 
 
当時まだ赤色からかけ離れた色のランドセルを背負った女の子は見かけませんでした。
 
同級生からの受けはけっこう良かったのですが、保護者たちや上級生達からの風当たりは強かったのです。
 
 
 
ある日、当時小学生だった私は下校中突然の雨にあいました。
 
運悪く、傘は持っていませんでした。
 
忘れ物もめったにせず、友達もそれなりにいたので、1人きりでそのような経験をしたことが一度もありませんでした。
 
 
すごく、惨めな気分でした。
 
 
すると突然、声をかけられました。
 
おそらくは同じ学校の上級生です。いったい何を言われるのかと身がすくみました。
 
しかし
 
その人は途中まで私を傘に入れてくれました。
 
私は驚きで、なんとも言えない気持ちで胸がいっぱいになってしまっていました。
 
 
故に、覚えていないのです。
 
 
あの時きちんとその人にお礼を言えたかどうか。
 
どうしても思い出すことが出来ないのです。
 
 
ずぶぬれの、小さな「私」が。
涙を溜めた眼で。
じっと「私」を見つめてくる。
 
問うように。責めるように。
 
 
 
ほんの些細なことかもしれません。
 
しかし私は、知らない方を傘に入れる度に
このことを思い出していくのでしょう。
 
 
 
  *   *   *
 
 

あの方がこの文を見ているなんて

可能性はほぼゼロでしょう。

ですが、この場をお借りして。

数十年前の昼下がりに

公園の横道で薄い桜色のランドセルの子を傘に入れてくれた当時小学生だった優しい貴女。
 
ありがとうございました。